dhbの2016年夏用ジャージとビブを買ってみました

dhbのジャージとビブパンツを買ってみました。(Wiggleのオリジナルブランドです)

注文してから10日程で到着。

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上下セットで14000円ほどでした。

気になるサイズですが、175cm/62kgのやや痩せ気味の自分でSサイズがぴったりでした。

パールイズミ等の普通の日本人向けブランドだとMサイズがちょうど良い体型なので、dhb製品はワンサイズ小さめを選べば良さそうです。

 

みずがき山・塩川ダム

GWということで、久しぶりにヒルクライムをしてきました。

コースは塩川ダム(みずがき湖)を経由して、瑞牆(みずがき)山へ至る。

韮崎から穂坂路(県道23号)のアップダウンを走り、増富ラジウムラインに合流してからは塩川ダムまで登る。道の周りは田んぼが多く走りやすいが、日差しを遮るものがなくとにかく暑い。

 

塩川ダムに到着。標高は800Mほど。

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塩川ダムから先は山あいの集落を抜けていく。多少上りはあるが厳しくはない。

この日は気温が30℃近くまで上がり、途中軽い熱中症になり何度か休む。

 

謎のヤギの置物。

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みずがき山が見えてきた。

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いよいよ、みずがき山に入る。森林に入ると一気に山道っぽくなり、日陰もあって気持ちがいい。だが、斜度が厳しくなり何度も休憩しつつ、歯を食いしばって登る。

みずがき山に入ったところで足が売り切れていたので何度も引き返そうか迷った。

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無事に目的地のみずがき山自然公園入り口に到着。

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何もなかった。帰宅してから気付いたが、もう少し行くとみずがき山の山荘があるようで、到着地としては絵になったようだ。

 

帰りは来た道をそのまま引き返して終了。

走行距離90km、獲得標高は1400m程と今年で一番長い距離を走った。

去年の秋に膝を痛めてしまい、冬の間は全く乗れなかったが、少しずつ距離を伸ばして行ければと思う。

マイクル・コーニィ『ハローサマー、グッドバイ』

読み終えた後にいい本だったと思ったのなら感想を書いてみよう。その感想を読んだ人が手にとってくれるかも知れないし、なにより自分がそうだったのだから。

(具体的なストーリーや世界観のことが知りたい人は別のページを探して下さい。それなりに読まれている本なので、レビューはたくさんあります。)

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www.amazon.co.jp

 この小説をSFと受け取るか、それとも青春恋愛小説、いやいや、いかにもイギリスっぽさを感じる階級をテーマとする暗鬱なディストピア小説だと理解するか、色々な読み解き方があると思うんだけど、僕としてはこの作品の青春(恋愛)要素に恋をした。

ブラウンアイズの少女としての魅力、物語序盤の瑞々しさにあふれた可憐なるヒロインっぷりや、後半の主人公(ドローヴ)に対する一途な愛情と積極さのギャップにぐいぐいと惹かれてしまった。

そして、ドローヴが少年らしく不器用に、まっすぐにブラウンアイズの愛に応えようと奮闘する様子に時々自分と重ねあわせて顔を赤くしながら読み進めていくことで、これは青春(と恋愛)小説なのだと自分なりに作品を消化していた。

さて、物語の中盤以降になると、SF的な世界観の骨組みの中で進行していく主人公ドローヴとブラウンアイズ、サブヒロインのリボンと噛ませ犬・ウルフ達の青春に、階級社会や親子関係が戦争の暗い影とともに少しずつ忍び寄ってくるようになる。

それまでの伏線が一気に回収されて物語は大きく転換し、賛否ある結末へ向かっていくのだけれど、終盤にリボンが運命に飲み込まれて豹変してしまうシーンは読み終えてからもしばらく頭から離れてくれないものだった。受け取り方によっては、ドローヴとブラウンアイズの恋が純粋で美しすぎるがゆえに、あの場面のリボンの言葉に鋭さを与えてしまっていたのだろう。

結末については、他の人のレビューを見ると賛否があるようだが、物語のまとめ方として良いものだったと思う。それまでのSF的な伏線を一気に回収して、ハッピーエンドを示唆してお話は終わる。

また少し時間が経って、話の細かいところを忘れてた頃にもう一度読みなおしてみようと思う。

お花見ライド

 甲府盆地も桜満開ということで、大法師公園までお花見ライドへ行ってきました。

 コースは以下の通り。

 

雲は出ているものの気温はまずまず暖かい。雨も降らない予報だったので長袖ジャージで出発。

まずは荒川のサイクリングロードを南下していると、城南中付近の土手に綺麗な桜並木が。

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荒川サイクリングロードの終点からは笛吹ライン(国道140号)を市川三郷鰍沢方面へ向かいました。この道は片側一車線で狭いところが多く、さっと走り抜けないと怖い。

 

鰍沢口駅を過ぎた先の富士川。

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富士川を越えるとすぐに目的地の大法師公園だったが、桜を見に来た車でごった返している。ロードバイクなのですぐに抜けられたが、車で来ている人は駐車場待ちで時間がかかりそうだ。

高台にあるため、かなりの激坂を登らないといけない。家族連れやカップルが多い中、息を切らしてダンシングで登っていく人間は珍妙に写っただろう。少し恥ずかしい。

 

登り切ったところからの展望。甲府盆地が一望できる。

 

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県外ナンバーや外国人も多く、それなりに有名な桜スポットらしい。

個人的には桜の密集度や本数は正直控えめに感じたが、展望を含めてということか。

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曇り空のせいで桜を撮るにはイマイチだったが、ビアンキのチェレステとの組み合わせは悪くないはず。

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中央の広場で何か買って食べたかったが、レーパンで人混みに入る勇気はまだなかった。

そういえば自転車乗りを大法師公園で見かけたし、今日は他の場所でも遭遇することが幾度か。桜を見に出かける人や暖かくなってきて乗り出す人が多いのだろう。

 

公園を出て、ウェスタンラインを櫛形方面に北上する。

ウェスタンライン(西部広域農道)は交通量が少なく、適度なアップダウンがあり走っていて気持ちがいい。お気に入りのコースだ。

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参考:ウェスタンラインコース/富士の国やまなしを全力で走るサイト

 

途中、桜の木がいい雰囲気を醸し出している神社があった。帰ってきてグーグルマップで調べたが名前は分からず。

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「伊奈ヶ湖まで6km」の看板を見つけ、グーグルマップと5分ばかり相談して行ってみることにした。

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10%を越えるような厳しい坂がひたすら続く。ルートラボで確認すると、約5kmで450m登ったようだ。

だんだんと標高が上がり日陰ばかりのせいで寒い。途中何度も引き返したくなる。

 

心が折れかけたところで伊奈ヶ湖に到着。

湖というよりか大きめの池と言う方が近い。寒いので写真をとったらすぐに下り始める。

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残りはウェスタンラインを走り無事に帰宅。

 

去年は2月にロードバイクを買ったものの、慣れるまで時間がかかり桜シーズンはあまり走れなかった記憶がある。

今年は桜を堪能できて本当によかった。

 

ウルティマオンラインの思い出

PCのディスク容量が残り少なくなりファイルを整理していたらスクリーンショットが出てきたので、『ウルティマオンライン』について回顧する。

ウルティマオンライン(UO)はいわゆるMMOという多人数同時参加型のネットゲームである。オンライン上のフィールドに多数のプレイヤー(NPCではない他のプレイヤー)が存在するRPG、といっても今ではそれは珍しくもなんともないけど、当時はドラクエのようにオフラインのゲームが当たり前の時代だったのでそのこと自体が画期的なものだった。

UOが正式に発売された1997年は当然として、自分が初めてプレイした2002年頃でもゲームといえばドラクエやFFのようにネットに接続しないで遊ぶ家庭用ゲーム機が普通のものだった。

だから自分以外のキャラクターを他のプレイヤーが操作していて、みんなが好き勝手にチャットやプレイをしていることに衝撃を受けた。

 

・当時の貧弱な回線とマシンだったので、人が多く集う場所ではコマ送りになってまともにプレイできなかった

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ちなみに、2000年代前半というのはやっとPS2が普及してきたころで、インターネットもADSLやCATVが地方都市でもやっとサービス開始され、常にインターネットに接続することができるようになった時期である。「IT革命」という言葉が盛んに叫ばれ、ソフトバンクがシェアを拡大するために駅前でモデムを無料配布していたことを記憶している。

当時、中学生だった自分の家にも富士通NECあたりのノートPCとADSLが登場して、ちょうど無料体験キャンペーンをやっていたUOの広告を見かけたことでブリタニア(UOの世界をそう呼ぶ、プレイヤーはブリタニアン)にのめり込んでいくことになった。

 

・レアアイテムを求めて何時間も狩りを続ける(最近は課金することで省略できるものになってしまった)

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UOではモンスターを倒しスキル(レベル)を上げるだけでなく、鍛冶屋や裁縫などの生産活動をしたり、フィールドに個人の家を建てることができるので内装に凝ったりと、リアルとは別のもう一つの自由度の高い世界をプレイヤーが工夫して遊ぶことが魅力だった。

 

・自分で育てた植物を家に飾り内装を競う

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・個人の所有する店に売り子を置くことで自分が手に入れたり生産したアイテムを売ることが可能だった

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基本的に他のプレイヤーから盗みを働いたり攻撃することは禁じられていたが、一部の限定されたエリアではそれが許されていた。

その中で他のプレイヤーを殺してアイテムを奪ったりするプレイヤーはPlayer-Killer(PK)と呼ばれ、またそれに対抗するPlayer-Killer-Killer(PKK)も登場するなど、他のプレイヤーと腕を競いあうPlayer vs. Player(PvP)を好む人間も多かった。

自分もそのPvPにどっぷりと夢中になってしまった。僕はPvPを中心にもう一人の自分をロールプレイしていたのだ。

 

・PKは名前が赤く表示され判別できるようになっていた

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僕も最初はPKKをしているものの、より戦う機会を求めてあっという間に赤ネーム(PK)になってしまった。

PKは常に狙われる存在なので、ギルドというチームを組んでプレイするようになる。

毎日夜中になると仕事や学校を終えてログインして戦場に向かうことで団結し、プライドをかけて他のギルドと腕を競い合うのだ。(無職も多かった。当時はネトゲ廃人という言葉が話題になった)

 

・当時所属していたギルドのメンバー達と。視認性を高めるために洋服を揃えるものだった

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長くなってしまったので、UOPvPの魅力はまた今度。